秀808の平凡日誌

第4話 涙

第4話 涙

(ちょっと早く来すぎたかな)

 約束の時間は9時のはずだ。広場の時計はまだ8時を少し回った所だった。

 そこらで時間を潰そうかと思ったが、既に噴水の縁に腰掛けてるルーナを見つけた。

「もう来てたんだ、何ならもっと早くこればよかったな」

 平静を装うが、いざ話しかけると、先ほどのことが頭から離れず、体が固くなってしまう。

 さっきまであった緊張がより強くなり、まるで自分の身体を縛り付けているような感じがしていた。

「あ、クロウさんおはようございます」

 ルーナも近づいてくるクロウに気が付いた。

 あれこれ悩んだ末、ブラウンベア―を狩りにアラク湖周辺へ行くことにした。

 アラク湖に行く道には2人以外に、3人の若い男達が通っていた。

 話を聞く限りでは、どうやらある人の頼みで無くなった苗木を探しているらしい。

 行く途中、ルーナは時折コホコホと小さな咳をしていた。クロウには何故かその咳がやけに耳に残った。

 目的地に着くと、一緒に来ていた3人はもう少し奥地まで行くとのことで、そこで別れた。

「クロウさんって、誰かと話すの好きなんですね」

 少ししてルーナが口を開いた。

「確かにそうかも知れないな。でも、なんで俺が話すの好きだって思うんだ?」

「だって人と話してるときのクロウさんの顔、とっても楽しそうなんだもの」

「そうかなぁ」

「そうですよ。」

 そんなやりとりをしているうちにモンスターの近寄らないあたりにキャンプを組み立てておいた。

 持ち物の確認をして早速狩りに出かけた。クロウの武器はスレイヤーソードと呼ばれるすさまじい厚さと重さの刀だ。

 一方のルーナはパルチザンといわれる槍。どちらの武器もよく使い込まれている。

 2人は狩場を転々し、ブラウンベアーを次々と狩っていった。

 そしてクロウの刀が一閃し、一匹のブラウンベアーが2つにわかれた。

「よし、もうそろそろ暗くなる。戻ろうか」

 クロウの思っていたよりルーナの腕は遙かに優れていた。そこいらのランサーなどより余程強い。

 素早く、そしてあの細い体の何処にそんな力があるのかと思えるほど鋭い。

 そしてその後、キャンプに戻る途中にそれは起こった。

「ちょっと一休みしていくか」

 クロウの言葉に、前を歩いていたルーナが後ろを振り向き、クロウが大きな倒木に座ろうとしたその時、

 2人からそう離れていないどこかから、人の悲鳴が響いた


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」


「な、何だ!?」

「誰かが襲われているんです!あの方角は北…もしかしたら襲われているのは…」

「さっきの連中か!」

 クロウの脳裏に来る時に一緒した3人の顔が浮かぶ。

「行こう!助けなくっちゃ!!」

「はい!」

 言うと同時に駆けだしたクロウをルーナが追いかけた。



「こ、これは…」

 その場所に着いたクロウの目に最初に飛び込んだもの。

 元は2人の男であっただろう叩き潰された肉の塊、そしてクロウを睨みつけているエンティングが腕に下げている見覚えのある男。

 男は力無くエンティングの腕からぶら下がり、生きているか死んでいるのかさえ分からない。

「や、野郎…やりやがったなっ…」

 過去に面識はなかったにしろ、同じ人間を殺されて、クロウは怒りをあらわにする。

「クロウさん気を付けてください。来ますよ…」

 そして持っていた男を放棄したエンティングがこちらに向かってくる。

 その直後、振り下ろされた腕を紙一重でかわしたクロウが、胴体に抜き打ちで刀を叩き込んだ。

 バギバギッ

 硬質なエンティングの胴体は一撃で切られることはないがその衝撃で動きが鈍る。

 その両足をルーナの槍が攻撃を加える。

 数分の激闘。

 そしてエンティングの脚部にルーナのランサースキル『ファイヤー・アンド・アイス』が炸裂し、エンティングの脚部を氷と炎を纏った槍が切り裂いた。

 耐えきれず、そのまま倒れ込んだエンティングのちょうど目と目の間に、クロウの戦士スキル『ディレイクラッシング』が打ち込まれた。

 エンティングの体が燃えたと思うと、そのまま灰と化し、風に消えていった。

「う、うぅ…」

 2人が、唯一まだ生きている可能性のあった男に駆け寄ると、男は微かに呻いて目を開けた。

「…ぁ、あんた達か…あ、あいつ等は?他の2人は…?」

 男は自分の怪我のことも考えず起きあがろうとする。

「他の2人は…その…」

 真実を伝えていいかどうか、クロウは数瞬迷った。

 そのクロウの様子と、悲しそうな顔を見た男は2人が死んだと言うことを悟ったらしい。

「そうか…みんな死んじまったのか……くそっ……何でだよ…何で………」

 男の目から涙がこぼれる。男は最後に大きく息を吐き、そしてそのまま2度と息を吸うことはなった。

「おい!しっかりしろ!死ぬな!!頼むから…死なないでくれ…」

「……クロウさん…もう…死んでます…」

 ルーナがそっとクロウの肩を抱いた。

 クロウの男を揺さぶるその手の上に涙がこぼれた。

 ルーナもクロウも泣いていた。


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